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2008年に初めてフィリピンにやってきました。大学卒業後から住んでいたアメリカ、サンフランシスコをスタート地点として、西へ西へと世界一周旅行に出かけました。そして、最後に立ち寄った国がフィリピンでした。

(フィリピンの介護士養成学校のオーナー家族との写真:  2009年)

なぜフィリピンに寄ったか?それは、2009年から経済連携協定(EPA)の制度で、フィリピンとインドネシアから外国人介護士の受入れがスタートするという情報をキャッチしたからです。そのニュースを聞いたのは、確か南米ペルーで旅をしていた時だったと記憶してます。その後、南米からドバイ経由でアフリカのケニアに行きました。その時に、たまたまドミトリーの同室だった日本人の大学生が、フィリピンに語学留学をしていたようで、彼からフィリピンの話をいろいろと聞きました。

英語が通じて物価が安い、そして介護の調査ができる。この3点が決め手となり、旅の最終地点をフィリピンに定めました。

(旅の写真、1枚目ペルーのマチュピチュ、2枚目ケニア)

 

フィリピンに入国した時の姿はこんな感じでした(笑)

こんな旅人丸出しの状態でマニラに到着し、フィリピンの介護について調査をすることにしました。10年前だからよかったものの、近代都市マニラでこんな格好をしたらちょっとやばいですね。

マニラでの住処を見つけ一息ついた頃、トルコから旅を一緒にしていた友人が、せっかくフィリピンに来たのだからということで英語の個人レッスンをすることになりました。そこで、ドミトリーのオーナーさんからフィリピン人の英語の先生を紹介してもらいました。その先生が、たまたま介護の資格を持っていたことが判明し、その介護専門学校を紹介してもらうことになりました。

といっても、紹介状をもらうわけではなく、学校の住所と担当の先生の名前だけを手掛かりに直撃訪問をしました。すると、運がいいことに学校のオーナーが対応してくれて、丁寧に私の話に耳を傾けてくれました。私が伝えたのは、『これからフィリピン人介護士が日本で働くにあたり、どのような介護を勉強しているのか、その実態を学ぶためにマニラに来ました、是非この学校の介護コースにオブザーバーとして授業参加させてください』ということです。

アポなしで、しかも小汚い格好の20代の若者がこんなことを言って、よく受け入れてくれたな~と今でこそ思うのですが、度量の広いオーナーさんは、OKをしてくれました(その前に私という人物を試すテストはありましたが、その話はまた別の機会に(^^;))

(直撃訪問した数日後、授業参加が認められた時の写真)

それから、約半年間フィリピン人介護士の皆さんと一緒に介護のクラスに参加をして、いろいろなことを学びました。高齢者の性という授業では、お年寄り同士がセックスしているビデオを見ました。また老齢学については、アメリカの大学で学んだことと重なる内容もあり、結構難しいことを勉強しているなという印象を持ちました。ただし、その授業をお菓子を食べながら受けているので、すごいんだか、すごくないんだか何だかよく分からなくなりましたね(笑)

学校のクリスマス会にもゲストとして招待してもらいまいた。

(司会をしていた介護専門学校の先生)

フィリピン人のクリスマスに賭ける意気込み、パーティの楽しみ方はハンパないなと衝撃を受けたのを覚えています。このように、フィリピン人の目線でフィリピンでの生活や介護についての考え方を学んでいきました。これらの体験を積むことで自分自身の価値を高め、2009年から日本が外国人介護士を受け入れる時に、その橋渡し的な仕事をしようと企んでいました。

ところが、経済連携協定での外国人介護士の受入れは、政府間のやり取りで、規制や条件ががちがちに固まっていて、民間企業が入り込むことが出来ませんでした。2025年までには38万人に介護士が不足するというデータが出てるにも関わらず、外国人介護士の数は一向に増えていきません。そのため、毎年のように、もうすぐ民間企業でも外国人介護士の送り出し&受け入れに関わることができるという噂が流れてくるのですが、現実になりませんでした。

2008年から、介護業界で日本と海外を結ぶビジネスをイメージし、2011年にはフィリピンに来てそのチャンスを待ち続けていました。そして、ようやく去年、政府が技能実習制度に介護職を加えると発表し、先月の2018年8月にフィリピンでもそのガイドラインが発表になりました。これで、民間企業が外国人介護士の送り出し&受け入れに関わることが出来ます。その発表を聞いたとき、あまりにも長い間待ち続けていたためか、逆に感動も何もありませんでした(笑)

2008年から2018年の10年間、長かったですがとても良い準備ができました。介護業界から離れて仕事をしていたおかげで、俯瞰的な視点から介護業界や外国人介護人材の受け入れについて考えられるようになりました。まごのてグループも創業から10周年を迎えましたが、私も個人的な出来事として節目の10周年を迎えることが出来ました。

(10年経った今でも、介護専門学校のオーナーさんとは仲良くしてもらってます)

 

さて、村上春樹の表現を借りれば、やっと時間が自分の側に来てくれました。2008年に企てた、介護業界で日本と海外を繋げるをミッションに、まごのてグローバルとして精一杯頑張っていきます!